*小説版未読なため、
一部、原作と微妙に異なる設定や背景がしいてあります、あしからず。
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「という訳なので、
急な話で申し訳ないのですが、
鏡花ちゃんをしばらく預かっていただけないでしょうか、中也さん。」
「…急な話すぎるし、どこが “という訳”なのか判ンねぇんだがな、敦よ。」
自宅ではないセーフハウス…しかも先日契約したばかりの極秘のそれへ、
何の前触れもなくあっさりと訪問してきた白の青年は。
いつもの屈託のないお顔ではにゃりと笑いつつ、
バラエティ番組のCM明けのようなノリで そんな爆弾発言を挨拶代わりに寄越して来たため。
西方の遠征から戻ったばかり、一応睡眠はとったけどなというだけで
あれこれ行き届いてない状態の起き抜けの若き五大幹部、中原中也さんが、
さっぱり合点がいかぬとの しかめっ面になったのは言うまでもなく。
さすがにパジャマじゃあないが室内着姿で、手套も嵌めない手のまま ほりほりと頬を指先で掻いて見せつつ、
「手前が首領から直接拝命した任務をしくじったことと、
その嬢ちゃんを匿って手前はどっかに雲隠れしてぇらしいってことが繋がらねぇ。」
「戻られたばかりでそこまで推量できるのにですか?」
冗談抜きに、玄関が開いた直後、
ご挨拶もすっ飛ばしての、上へ並べた文言しかまだ口に出してはいないというに。
これから細かいところを話すつもりだったらしい虎の子くんが
それは丁寧に先読みされたことへと それはあっけらかんと感動して見せる様子へ、
見るからに対照的、ややがぁっくりと肩を落とした帽子の幹部殿。
それでも、親御の遠出について来ただけな幼子よろしく、
やはり挨拶もないまま、敦青年の二の腕にしっかと掴まっている黒髪の少女からの視線に気づくと、
うぅむと口許をへの字に曲げたものの、溜息つくのは何とか飲み込んで、
「まあ、こんなところでの立ち話も何だ。上がれや。」
頼って来たには違いないなと 気を取り直し、
三和土に踏み出す格好でドアを開けていたその身を、玄関内に引っ込めるようにして通れるよう譲ると、
単なる隠れ家にしてはちゃんとしたマンションフラットへ来客たちを通すことにする。
キッチンカウンターと一体になっているリビングに通した二人にソファーを勧めれば、
さほど派手ではないが今時の少女の平服には珍しいだろう和装のお嬢ちゃんを先に座らせた敦で。
成程、玄関先で感じたそれは、知らないところに連れて来られた仔猫を思わせる貌だったことであり。
そこから、彼女自身にもあまり事情は話してないままな敦であることがうかがえた。
それほどじろじろ見てはいなかったが、まだ紹介されてはないのだという機微は通じてか、
敦の側から口を開いて、
「鏡花ちゃんはご存知ですよね?」
「ああ、紅葉の姐さんが猫っ可愛がりしてるからな。」
彼女もまたポートマフィアの屋台骨を支える五大幹部の一角をなす、刀の達人、尾崎紅葉。
仕込み刀による居合いを主軸に、やはり和刀を操る異能の“金色夜叉”を出現させ、
瞬きよりも鋭い刹那に、返り血の一滴も浴びぬまま 暗殺から大量鏖殺までお手の物という
人知を超えた達人で。
女性の身であるが故の哀しい過去も持っており、
強力な火器でもある異能に目を付けられての囚われの身だったその上、
先代首領に恋人を殺されてただただ憎いばかりの組織だったらしいのが、
情を抱いてもいいのだとする現在の首領には信頼を置いた上で、頼もしき騎士長として付き従う意を示してもおり。
やはり異能に翻弄されて両親を失ったこちらの少女へも、
随分と親身になっての寵愛を向けているのは組織内でも知られている話。
自分もまたその尾崎幹部の手元で行儀や何やを叩き込まれた身であるこちらの帽子の幹部殿としては、
礼節を優先しつつも準家族のような感覚でいることもあり、
まだあまり他の構成員とも顔合わせしてはない鏡花の姿も結構見かけていたし、
何とはなく遠縁の従姉妹のような感覚を抱いてもいたりする。
そんな彼女が、
「…これを。」
単衣の懐の合わせからそおと取り出したのは ストラップに提げるマスコットの小さな白ウサギ。
ちりめん生地で拵えられていて、ようよう見れば手の込んだ品だと判る逸品で。
小さな両の手で大事そうに捧げ持って見せてくれたそれへ、ああと中也も小さく口許をほころばせる。
「持っててくれてんだな、ありがとよ。」
「こちらこそ、ありがと、ございます。」
直接渡したものではないが、それでも誰からかというのは伝えられていたのだろう。
ちゃんとお礼が言えたいい子だなぁと、やや尖りかかっていたお顔を緩ませつつ、
沸かしたての湯をケトルからそそいで淹れたダージリン、
間に合わせにしてはソーサーも付いたカップにて来客二人へと運んで来た、
至れり尽くせりがもはや身についておいでならしい幹部殿。
ラングドシャのクッキーを勧めつつ、
「で? この嬢ちゃんを俺へ預けるような、何か追加の任務でも仰せつかったってのかよ。」
改めてそうと訊けば、
少女と同じような無邪気さで焼き菓子を摘まみつつ、
虎の少年はゆるゆるとかぶりを振って見せる。
「いえ、そういった何やらの動きはまだないのですが。」
誤解してはならないのは、
この青年、ややとんでもない発言を組織の頂点におわす惣領様にも惜しみなくぶつけるものの、
だからといってどっかのサバ男のように決して首領様を小馬鹿にしちゃあいない。
冗談抜きに悪気はないのだが、ただ 彼を教育した存在が問題で。
裏社会というところは 知らなかったからなんて言い訳が通じないまま
寄ってたかって命をとられるような物騒なところだからね、と
キミが居た孤児院も相当なものだったらしいけれど、
此処はあの箱庭以上に性分が悪い大人たちがひしめくところだ、
親切そうに寄ってきて利用しようとしたり、
手のひらの上で散々躍らせといて失態を全部背負わせて口を拭っちゃうとか、
そんな風な一癖も二癖もあるよな手合いがザラにいると吹き込んだうえで。
習慣として身につけておくといいと
それは用心深くあれとばかりに叩き込んだあれやこれやを惜しみなく発揮しているだけなのであり。
「拝命された任務を果たせなかったのですから厳罰が降るのは当然でしょうし、
だからといって誰ぞに頼っては迷惑の輪が広がってしまいます。」
「…いやそこまでの任務でもなかったような気がするが。」
中也も直接聞いた話ではなかったが、
確か素人に毛が生えたような経験値しかない異能者を攫ってくることを拝命したと聞く。
結局手ぶらで戻って来たらしく、
新米の女性構成員が自分が至らなかったばっかりにとしょげていたのを周囲が宥めていたこと、
真昼の市街地で機関銃をぶっ放したほどのやらかしを、本人へ何のおとがめもなしにしているような上司といやぁ
あの白頭しかいないねぇと、古参組がほのぼのと苦笑していたので、
これまでは単独任務専任だったが、そろそろ十人長級の部隊を指揮する話も出ていたことなど思い出し。
拉致だか略取だかを構えたその対象が属していた先が あの武装探偵社だったことから、
臨機応変を利かせられようこの青年が割り振られたんだろうなと思っていたのだが、
結果は随分と残念なそれだったらしく。
しかも、まだ期日はあるらしいというに、昨日の今日でこの様相。
雲隠れ云々というのも何に怯えての発想なのやら。
少なくとも首領はこの子を切る気はさらさらないと思える。
まさかに以前それは目を掛けていた秘蔵っ子の代わり…ではなかろうが、
それでも同じくらいに見込んでいるよな節がしばしば見られるからで。
ただ、問題がまるきりないかというとそうでもなく。
例えば、機転が利く頭のいい子であるにもかかわらず、
思いもよらないところで天然ぶりを発揮しまくる “面倒臭いちゃん”だったりし。
現場での思い切りのいい行動の “後説”だとでも言いたいか、
途轍もなく手早く当たって痕跡も残していません、
目的のブツは頂きました、若しくは破棄させました、
一罰百戒で見せしめのための “仕置き”もちゃんと手掛けて帰って来ましたとしつつ。
たまたま居合わせた通行人に “ご迷惑をおかけするわけにもいかなかったので”と、
微妙な一芝居打って遠ざけたりするものだから、
喧噪の中から救い出してくれた謎の黒い貴公子様に出会っただの、
タクシーという乗り合いじゃあない車はどこで乗れるのでしょうかと訊いて来た
迷子になってた月の王子様がいただのという、
微笑ましいんだか怪しいのだかな都市伝説の生産に尽力していたりもし。
作為があるとも思えない代物ばかりではあるけれど、
何しろこの彼を指導したのは あの悪魔のように周到で頭の回る策士なので、
幹部もまた ふと“もしやして…?”と警戒してしまうのも致し方なかったりする。
今回の事案にしても、
中也本人はヨコハマから離れていたれども、
拠点に近い、いわば地元でのひと騒ぎだったのだから、
遠いの近いのという立場の差はあれ、関わるそれだろう話は大なり小なり届いてもおり。
そんな中、皆して気のせいとは出来ぬのだろう、
確証はないとしつつも口を揃えて提示していたのが、
「…青鯖が、太宰が探偵社に居やがったってのは本当か?」
この子の上司で教育係だった、マフィアになるべくして生まれたようなと評されていた男。
底知れぬ知略と異能無効化という能力をもて、弱冠16という若さで幹部格にまで駆け上がり、
そのまま首領と共に円卓を囲むほどの高位である“五大幹部”に歴代最年少で上り詰めたという伝説を持つ御仁だが、
海外から流れついたという武闘組織との殲滅戦の最中に頭目と相討ちし命を落としたとされる構成員の葬儀後、
突然逐電してしまい、そのまま行方は杳として知れず。
悪魔のように頭の回る人物ゆえ、そう簡単には後は追えまいと、
型通りの探索ののちに時間の無駄だとあっさり諦めた鴎外の一声により、
そのまま捨て置かれた格好になっているが、
この幹部殿とは裏社会最凶のコンビとして“双黒”などと称されていた相棒。
世話になった自分や目を掛けていた首領とはまた別な、
何かしら感慨深い思い入れとかあるのだろうな…
「…ぬぁんて感傷的なことを勝手に思ってやがるんじゃねぇぞ。」
「ひゃあぁあ。」
図星だったか あわわとのけ反って狼狽えかかる、
表向きには一般構成員、昔の言いようで“丁稚”を相手に、
手前 時々よく判らん物差しで俺とか首領とか見てやがるときがあっからな。
何度も言うがあの自殺嗜好者とはタダの腐れ縁だ。
首領も組織の掟ってもんの手前、放蕩息子に呆れているよな態では済まんのだから、
居場所が割れたならそれなりの制裁食らわすと思うぞ、と。
口を挟ませぬよう、つけつけと勢いよく言ってのけ、
言葉のマシンガンにて平伏させてからの、立てた人差し指で“いいか判ったな”と念を押すところが
“中也さんたらお兄ちゃん気質だなぁ。///////”
と却ってほっこりさせていたりする。
天然に腕押し、天然にクギ状態である。(新語か)
そんな相手の内心まで読んだかどうか。
「なあ。」
「はい?」
「首領にも訊かれたと思うんだがよ。
もしかして太宰が居るとこだからっての配慮して、
対象だった芥川とかいう奴に情を掛けたとかいうんじゃなかろうな。」
おおおとたちまち玻璃玉のような双眸を見張る辺り、
芝居じゃないから面倒臭ェと…
返って来るだろ答えは既に半分ほど察した中也さんだったところへと、
「凄いですね。親方からも それ言われました。」
依頼された異能者だろうと目星を差した、捕獲対象の芥川くんに情を掛けてないかって。
兄様幹部が思ってた通りのリアクションというか 前説明をしたものの、
中也さんはご存知かどうか、依頼の主旨は あの青年という名指しのそれじゃあない。
ヨコハマに居るという獣の異能をその身へ降ろす存在を捕らえて渡してほしいというものでと続け、
「ボクとしては、もしもあの人が依頼の対象ではなかったなら、
手違いで別人掴ませるとはどういう了見かなんていう苦情が来ぬかと ちらり思ってしまったのですよ。」
そこのところは初耳だったので、おやと細い眉を震わせる。
周辺の大人たちからの分かりやすい詮索なんて露知らず、
彼なりの忠誠心からそんな方向で思考を巡らせていたらしく。
「太宰くんも探偵社に居るらしいねと後から言われたんで、
中也さん同様に それで“気を遣ったのでは?”と思われたんでしょうか?」
「いや、そう考えるのが普通だろうが。」
取っ捕まえようとしたその社員とは面識もないよな間柄。なので情を掛ける材料がない。
むしろ、その探偵社に在籍していたらしい元上司の太宰に気を遣い、
騒動を起こさぬよう構えたのではと解釈するのは至って自然な想像だろうに。
そうと思うことが尋常普通だろうと言われた敦くんはといやぁ、
「え? でも、」
ボク、親方がいつも言っておいでの “情報を大事に”というの
太宰さんからもしっかと叩き込まれておりましたので。
師匠の師匠、いわば大師匠の親方がそんな、太宰さんの居所知らなかったわけないじゃんと思って、
「あのその、え〜〜〜って声上げながら
わなわなと愕然としちゃったら、もういいよって帰されたんですが。」
「手前…ほんっとにあの青鯖ヤローに似て来てるよな。しかも天然のままで。」
うわぁ、首領様の心情、慮って余りあるわと渋面作った中也さんだったのも無理はない。
だって本当にびっくりしたんですもの、
尻餅つきそうになりながら、子飼いの諜報担当 たるんでませんかって訊いたら、
子飼いってのはキミもなんだけどねぇって言われちゃって、と。
そんな大ふざけをやらかしても、今そうなように本心からとしか思えない顔面蒼白になるような子だけに、
そこをつついても話がややこしくなるだけと思うのか、
もういいよ判ったとなってしまわれた首領ならしいのも想像には容易くて。
だからこその憤怒を胸の内にて噛みしめつつ、
“あんの青サバ野郎〜〜〜〜っ。”
こんな素直ないい子に、ややこしい思考回路植えつけて
ものの見事に “面倒臭いちゃん”に仕立て上げやがってと。
微妙に彼自身も 虎ちゃん大事な天然菌にやられてます発言を飛び出させている辺り。
まだまだヨコハマは平和なのかもしれない。そして、
「……はっ。誰かに噂されている気がする。」
「おや、勘のいいことだね、芥川くん。」
〜 Fine 〜 20.07.08.〜07.13
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*鴎外さんとの対峙の巻 プラス 中也さん苦労するの段でした。
書けば書くほど 敦くんが
ヘタレのまま、でも中身は強かな変な子になるから困ったもので。
太宰さん一筋だった原作芥川くんとは違う敦くん。
生きる意味を与えてあげようで釣られたのではなく、
そもそも自分への存在肯定が皆無で
誰かの役に立てることへ生きる意味を見出す仕様の子なので、
誰ぞに引き摺られていいように利用されぬよう、
用心深くあれというところをさりげなく叩き込んでた太宰さんだったらしいです。
こんな風に語れるくらい、あれやこれやと設定書き散らかしてますので、
もう少し書くかもで、
これはこれだけで独立させた方がいいのかな?(笑)

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